ベランダや屋上、壁面で
都市部で今、野菜の栽培が注目を集めています。最近の「食の不安」も家庭菜園の流行を後押ししています。都市部で夏に気温が異常に上がる「ヒートアイランド現象」の緩和にも野菜栽培は一役買っており、まさに「万能」の活躍ぶりです。(滝沢聡、河村敏夫)
永田かすみさん
「うちもそろそろ春まき野菜の準備をはじめなくっちゃ」
大手町博士
「おお、家庭菜園をやるのか。菜園はブームだが、起爆剤になったのが、場所を取らずに栽培できるミニ野菜だ」
サカタのタネ広報宣伝部の王野善介さん
「小さいサイズの野菜と、早採りをして小ぶりなままでもおいしい野菜の種や苗が、消費者にうけています。家庭菜園でダントツ人気はやはりミニトマト。病気に強くて育てやすいのです。そのほかキャベツ、大根、チンゲンサイ、キュウリなどにミニサイズがあります」
神田かぶとくん
「いろいろあるんだね」
タキイ種苗広報出版部の奥本和夫さん
「ミニハクサイも人気上昇中です。ひと玉800グラムの食べきりサイズで、種まきから2か月ほどで収穫できます」
博士
「ミニ野菜ならベランダのプランターで栽培できる。種をまき水をやるだけで1か月後には収穫できるツケナの種は、売り上げがこの8年間で30倍になったそうだ」
かぶとくん
「なぜそんなに人気が高まっているの」
恵泉女学園大准教授(園芸学)の藤田智さん
「ここ数年、退職した団塊世代の人々が家庭菜園を始めているようです。野菜の栽培は手をかけた分だけ収穫の喜びがあり、心の癒やしにもなります。また、中国製ギョーザ事件などで食品不安が高まった影響で『自分で作ったものこそ安全』という意識もあるのでしょう」
博士
「実は都市部で、野菜栽培が『ヒートアイランド現象』の緩和にも使われている。ヒートアイランド現象は、ビルのエアコンが熱風を外にはき出すことが原因の一つ。ビルの屋上に畑を作ることで、直射日光を防ぎ、ビルの温度を下げ、エアコンの温度をそれほど下げなくてもよくなり、結果的にヒートアイランド現象が緩和するのだ」
NPO法人「大江戸野菜研究会」の高汐健司事務局長
「緑化には芝生がよく使われますが、ビルの屋上は野菜栽培にこそ適した場所です。日当たりはもちろん、高層なら虫の害も少ない。荷重制限がある屋上でも使える軽量の有機土壌が開発されており、屋上栽培は今後広がるでしょう」
博士
「建物の壁面緑化にも野菜が活躍している」
造園会社「マップ」(東京・板橋)の森正社長
「屋上から外壁沿いにネットを垂らし、キュウリなどツル性の野菜をはわせる『緑のカーテン』を、都内の小中学校など約50施設で行っています。窓の外を植物で覆うことで、真夏には室温を5度ほど下げる効果があり、エアコンが要らなくなります」
博士
「教室が緑に囲まれて生徒が落ち着いて授業を受けるようになった、との声もあるそうだよ」
核家族化進み ミニ野菜需要かすみさん
「ミニ野菜は、最近ではスーパーでも売られているわね」
博士
「ミニトマトが一般的だな。そのほか、ミニハクサイなども独身者に評判のようだ」
奥本さん
「核家族化が進んで、消費者のミニ野菜への需要が高まっています。大玉の野菜ではなかなか食べきれず、カット野菜も切り口から傷んでしまうので保存が難しい。それで、使い切りできるミニ野菜が求められるようになり、栽培する農家が増えています」
博士
「ただし、ミニ野菜は、生産者の農家からは大歓迎されているとは言えないのだ」
王野さん
「ミニニンジンなどいくつかの品種は、1970年代に種が販売され始めました。しかし、サイズが小さいので農家や青果市場関係者には見栄えが悪いと思われることもあり、なかなか浸透しなかったのです」
奥本さん
「大きい野菜を収穫しカットして売った方が実入りはよいので、生産者の中にはまだミニ野菜を敬遠する人もいるのが実情です」
博士
「一方で、高齢化が進む農家では、農作業の負担を減らすため、軽量のミニ野菜に切り替える動きもあるという。ミニ野菜は、少子高齢化の現代日本に合った野菜とも言えるね」
まるで宝石のようだ
Thu 22 Jan’09
黒炭でスピーカーの本体を何度も水研ぎする。若手デザイナーと伝統工芸の合作だ(石川県輪島市の塩安漆器工房で)
■ ギャグ漫画を映画化した「ピューと吹く!ジャガー~いま、吹きにゆきます~」が、10日から順次、全国公開される。監督・脚本・キャラクターデザインを1人でこなす映像クリエイター、フロッグマンさん(37)は松江市に住んでいる。
5年前から作品がインターネットなどで注目を集め、初めて劇場公開されたアニメ映画「秘密結社 鷹(たか)の爪(つめ) THE MOVIE~総統は二度死ぬ~」は2008年、ニューヨーク国際インディペンデント映画祭のアニメ部門で最優秀作品賞を受賞した。
「人口も少なく大都市から遠い土地での、一つの生き方かもしれない」。フロッグマンさんは、地方から海外へのコンテンツ発信が十分可能と考えている。
ゲーム産業の集積地である福岡県では、「ドラゴンクエスト8」などを手がけたレベルファイブや、「NARUTO―ナルト―」シリーズのサイバーコネクトツーなど、海外で高い評価を受けるソフトメーカーが生まれた。
経済産業省のまとめでは、同県のゲーム関連13社の売上高は年間で計70億円を超え、東京一極集中の著しい業界で異彩を放つ。08年3月に人材獲得のため首都圏で合同開催した就職フェアでは、延べ465人の就職希望者が参加したという。
少人数で高い付加価値を生み出すこともできるコンテンツ産業は、地方を元気にする可能性を秘めている。
■ 「まるで宝石のようだ」。外務省所管の独立行政法人、国際交流基金がパリで開催中のデザイン展で、輪島塗のスピーカーに現地の人が息をのむ。展示会を担当する同基金の牧瀬浩一さんは「長い歴史と生活の中から生まれた伝統工芸こそ、地方が世界に誇れるコンテンツだ」と話す。
スピーカーは、石川県輪島市の輪島塗工房「塩安(しおやす)漆器工房」と、若手デザイナー3人のユニット「参(マイル)」が手を組んで作り上げた。
「参」の松尾伴大(ばんだい)さん(31)は「日本でしか作れないものを」と考えた末、伝統工芸の輪島塗に行き着いたという。
税抜きで1組み40万円と高価なため、飛ぶように売れるたぐいの物ではないが、工房の代表、塩安真一さん(56)は期待する。「マニア受けする美術品としてではなく、高級実用品としての輪島塗をアピールできる」
京都に店を構える「日吉屋」5代目社長の西堀耕太郎さん(34)は、和傘をアレンジした照明器具「古都里(ことり)」の欧州での販売に力を入れる。
ドイツ、フランスで08年夏、1台150ユーロ(約2万円)で発売された。1月からは電球の取り付け部分などを現地仕様に変え、月産1000台を目指す。形や用途を変えても、底流にあるのは「1000年の歴史が醸した構造美」と西堀さんは言う。
伝統の技に一工夫加えることで世界への発信力がぐんと上がる。輸出基地としての地域的な広がりや海外からの観光客の誘致に結びつければ、地方再生の可能性が広がりそうだ。
「用の美」 高い関心
中小企業庁などが2007年にまとめた伝統工芸に関する調査で、とりわけ海外の消費者の興味を引いたのは「用の美」だ。和傘や陶器などの写真を示し、日本人が実用の中で美しさを鍛え上げてきたことを説明したうえで、関心の有無を聞いたところ、各国とも7~8割が「ある」と答えた。ゲーム機やアニメでは5割前後だった。伝統工芸品に対し海外に大きな潜在需要があることを示すものと言える。
■ ギャグ漫画を映画化した「ピューと吹く!ジャガー~いま、吹きにゆきます~」が、10日から順次、全国公開される。監督・脚本・キャラクターデザインを1人でこなす映像クリエイター、フロッグマンさん(37)は松江市に住んでいる。
5年前から作品がインターネットなどで注目を集め、初めて劇場公開されたアニメ映画「秘密結社 鷹(たか)の爪(つめ) THE MOVIE~総統は二度死ぬ~」は2008年、ニューヨーク国際インディペンデント映画祭のアニメ部門で最優秀作品賞を受賞した。
「人口も少なく大都市から遠い土地での、一つの生き方かもしれない」。フロッグマンさんは、地方から海外へのコンテンツ発信が十分可能と考えている。
ゲーム産業の集積地である福岡県では、「ドラゴンクエスト8」などを手がけたレベルファイブや、「NARUTO―ナルト―」シリーズのサイバーコネクトツーなど、海外で高い評価を受けるソフトメーカーが生まれた。
経済産業省のまとめでは、同県のゲーム関連13社の売上高は年間で計70億円を超え、東京一極集中の著しい業界で異彩を放つ。08年3月に人材獲得のため首都圏で合同開催した就職フェアでは、延べ465人の就職希望者が参加したという。
少人数で高い付加価値を生み出すこともできるコンテンツ産業は、地方を元気にする可能性を秘めている。
■ 「まるで宝石のようだ」。外務省所管の独立行政法人、国際交流基金がパリで開催中のデザイン展で、輪島塗のスピーカーに現地の人が息をのむ。展示会を担当する同基金の牧瀬浩一さんは「長い歴史と生活の中から生まれた伝統工芸こそ、地方が世界に誇れるコンテンツだ」と話す。
スピーカーは、石川県輪島市の輪島塗工房「塩安(しおやす)漆器工房」と、若手デザイナー3人のユニット「参(マイル)」が手を組んで作り上げた。
「参」の松尾伴大(ばんだい)さん(31)は「日本でしか作れないものを」と考えた末、伝統工芸の輪島塗に行き着いたという。
税抜きで1組み40万円と高価なため、飛ぶように売れるたぐいの物ではないが、工房の代表、塩安真一さん(56)は期待する。「マニア受けする美術品としてではなく、高級実用品としての輪島塗をアピールできる」
京都に店を構える「日吉屋」5代目社長の西堀耕太郎さん(34)は、和傘をアレンジした照明器具「古都里(ことり)」の欧州での販売に力を入れる。
ドイツ、フランスで08年夏、1台150ユーロ(約2万円)で発売された。1月からは電球の取り付け部分などを現地仕様に変え、月産1000台を目指す。形や用途を変えても、底流にあるのは「1000年の歴史が醸した構造美」と西堀さんは言う。
伝統の技に一工夫加えることで世界への発信力がぐんと上がる。輸出基地としての地域的な広がりや海外からの観光客の誘致に結びつければ、地方再生の可能性が広がりそうだ。
「用の美」 高い関心
中小企業庁などが2007年にまとめた伝統工芸に関する調査で、とりわけ海外の消費者の興味を引いたのは「用の美」だ。和傘や陶器などの写真を示し、日本人が実用の中で美しさを鍛え上げてきたことを説明したうえで、関心の有無を聞いたところ、各国とも7~8割が「ある」と答えた。ゲーム機やアニメでは5割前後だった。伝統工芸品に対し海外に大きな潜在需要があることを示すものと言える。
— posted by サイト管理者 at 06:28 pm
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自身は先月末に
Fri 09 Jan’09
東福岡の谷崎監督は「綱渡り的な状態だったのに、よくやった」とたたえた。主将のCTB猿楽は右足に痛み止めの注射をうち、FB小野は手術で入院し欠場。それでも、優位に立つFW戦で押し、7点差に詰め寄った。初優勝した前回大会のメンバー半数が残るチームは昨春、選抜大会初戦で敗退。「てんぐになっていたチームが、負けてまとまった」と猿楽。個々の能力の高さに、組織力が生まれた。選抜王者と接戦を展開するまでに持ち直し、谷崎監督は「互角だったと思う。(勝敗は)運です」。
松本サリン事件の被害者で第一通報者の河野義行さん(58)が6日、オウム真理教被害者救済法に基づき、昨年8月に亡くなった妻澄子さんと、次女(28)への給付金を長野県警松本署で申請した。救済法は先月18日に施行され、程度に応じて10万~3000万円が給付される。河野さん自身は先月末に県警本部で申請したという。
河野さんは毎日新聞の取材に「支援は想定していなかったので、非常にありがたい」と話し、謝意を示した。一方で「テロに対し、発生直後に救済できる恒久法を整備すべきだ」とも語った。
松本サリン事件の被害者で第一通報者の河野義行さん(58)が6日、オウム真理教被害者救済法に基づき、昨年8月に亡くなった妻澄子さんと、次女(28)への給付金を長野県警松本署で申請した。救済法は先月18日に施行され、程度に応じて10万~3000万円が給付される。河野さん自身は先月末に県警本部で申請したという。
河野さんは毎日新聞の取材に「支援は想定していなかったので、非常にありがたい」と話し、謝意を示した。一方で「テロに対し、発生直後に救済できる恒久法を整備すべきだ」とも語った。
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中巻に出てくる主な人物
Sat 27 Dec’08
上巻に出てくる主な神々
別天(ことあま)つ神五柱(いつはしら)独神(ひとりがみ)
天之御中主神(あめのみなかぬし)独神、天原の中心の神
高御産巣日神(たかむすび)独神、生成力の神格化
神産巣日神(かみむすび)独神、生成力の神格化
宇摩志阿斯詞備比古遲神(うましあしかびひこぢ)独神
天之常立神(あめのとこたち)独神
神世七代(かみよななよ)
国之常立神(くにのとこたち)独神、国土の根源神
豐雲野神(とよくもの)独神、
宇比地邇神(うひぢに)と妹須比智邇神(すひぢに)
角杙神(つのぐひ)と妹活杙神(いくぐひ)
意富斗能地神(おほとのぢ)と妹大斗乃辨神(おほとのべ)
於母蛇流神(おもだる)と妹阿夜詞志古泥神(あやかしこね)
伊邪那岐神と伊邪那美神男女の神、夫婦
三貴子(みはしらのうずのみこ)
天照大御神イザナギが左の目を洗ったとき生まれた。
月読命(つくよみのみこと)イザナギが右の目を洗ったとき生まれた。
須佐之男命イザナギが鼻を洗ったとき生まれた。
天之忍穂耳命
大国主神
邇邇芸命
火遠理命
鵜葺草葺不合命
[編集] 中巻(なかつまき)
初代神武天皇から15代応神天皇までを記す。神武東征に始まり、ヤマトタケルや神功皇后の話など神話的な説話が多く、神の世と人の世の間の時代であることを示している。2代から9代までは欠史八代と呼ばれ、系譜などの記述にとどまり、説話などは記載されていない。そのため、この八代は後世に追加された架空の存在であると説かれているが、実在説も存在する。なお、「神武天皇」といった各天皇の漢風諡号は、『古事記』編纂の時点では定められていないため、国風諡号のみで記されている。なお史実性が確認されているのは応神天皇以降である。神功皇后と卑弥呼を同一視ないし関連づける説もあるが、一般に受け入れられるには到っていない。
[編集] 中巻に出てくる主な人物
1代神武天皇
神倭伊波禮毘古命(かむやまといはれびこのみこと)、畝火の白檮原宮(かしはらのみや)に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県畝火山の東南の地)。一百三十七歳(ももあまりみそぢまりななとせ)で没。御陵(みはか)は畝傍山の北の方の白檮(かし)の尾の上にあり(奈良県橿原市)。
2代綏靖天皇
神沼河耳命(かむぬなかはみみのみこと)、葛城の高岡宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十五歳(よそぢまりいつとせ)で没。御陵は衝田(つきだの)岡にあり(奈良県高市郡)。
3代安寧天皇
師木津日子玉手見命(しきつひこたまでみのみこと)、片鹽の浮穴宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十九歳(よそぢまりここのとせ)で没。御陵は畝傍山の御陰(みほと)にあり(奈良県橿原市)。
4代懿徳天皇
大倭日子鉏友命(おほやまとひこすきとものみこと)、軽の境岡宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十五歳(よそぢまりいつとせ)で没。御陵は畝傍山の真名子(まなご)谷の上にあり(奈良県橿原市)。
5代孝昭天皇
御眞津日子訶惠志泥命(みまつひこかゑしねのみこと)、葛城の掖上宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。九十三歳(ここのそぢまりみとせ)で没。御陵は掖上(わきがみ)の博多(はかた)山の上にあり(奈良県南葛城郡)。
6代孝安天皇
大倭帯日子國押人命(おほやまとたらしひこくにおしびとのみこと)、葛城の室の秋津島に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。一百二十三歳(ももあまりはたちまりみとせ)で没。御陵は玉手(たまで)の岡の上にあり(奈良県南葛城郡)。
7代孝霊天皇
大倭根子日子賦斗邇命(おほやまとねこひこふとこのみこと)、黒田の庵戸宮(廬戸宮)(いほとのみや)に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県磯城郡)。一百六歳(ももあまりむとせ)で没。御陵は片岡の馬坂の上にあり(奈良県北葛城郡)。
8代孝元天皇
大倭根子日子國玖琉命(おほやまとねこひこくにくるのもこと)、軽の境原宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県高市郡)。五十七歳(いそぢまりななとせ)で没。御陵は剣池の中の岡の上にあり(奈良県高市郡)。
作業開始してください。
別天(ことあま)つ神五柱(いつはしら)独神(ひとりがみ)
天之御中主神(あめのみなかぬし)独神、天原の中心の神
高御産巣日神(たかむすび)独神、生成力の神格化
神産巣日神(かみむすび)独神、生成力の神格化
宇摩志阿斯詞備比古遲神(うましあしかびひこぢ)独神
天之常立神(あめのとこたち)独神
神世七代(かみよななよ)
国之常立神(くにのとこたち)独神、国土の根源神
豐雲野神(とよくもの)独神、
宇比地邇神(うひぢに)と妹須比智邇神(すひぢに)
角杙神(つのぐひ)と妹活杙神(いくぐひ)
意富斗能地神(おほとのぢ)と妹大斗乃辨神(おほとのべ)
於母蛇流神(おもだる)と妹阿夜詞志古泥神(あやかしこね)
伊邪那岐神と伊邪那美神男女の神、夫婦
三貴子(みはしらのうずのみこ)
天照大御神イザナギが左の目を洗ったとき生まれた。
月読命(つくよみのみこと)イザナギが右の目を洗ったとき生まれた。
須佐之男命イザナギが鼻を洗ったとき生まれた。
天之忍穂耳命
大国主神
邇邇芸命
火遠理命
鵜葺草葺不合命
[編集] 中巻(なかつまき)
初代神武天皇から15代応神天皇までを記す。神武東征に始まり、ヤマトタケルや神功皇后の話など神話的な説話が多く、神の世と人の世の間の時代であることを示している。2代から9代までは欠史八代と呼ばれ、系譜などの記述にとどまり、説話などは記載されていない。そのため、この八代は後世に追加された架空の存在であると説かれているが、実在説も存在する。なお、「神武天皇」といった各天皇の漢風諡号は、『古事記』編纂の時点では定められていないため、国風諡号のみで記されている。なお史実性が確認されているのは応神天皇以降である。神功皇后と卑弥呼を同一視ないし関連づける説もあるが、一般に受け入れられるには到っていない。
[編集] 中巻に出てくる主な人物
1代神武天皇
神倭伊波禮毘古命(かむやまといはれびこのみこと)、畝火の白檮原宮(かしはらのみや)に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県畝火山の東南の地)。一百三十七歳(ももあまりみそぢまりななとせ)で没。御陵(みはか)は畝傍山の北の方の白檮(かし)の尾の上にあり(奈良県橿原市)。
2代綏靖天皇
神沼河耳命(かむぬなかはみみのみこと)、葛城の高岡宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十五歳(よそぢまりいつとせ)で没。御陵は衝田(つきだの)岡にあり(奈良県高市郡)。
3代安寧天皇
師木津日子玉手見命(しきつひこたまでみのみこと)、片鹽の浮穴宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十九歳(よそぢまりここのとせ)で没。御陵は畝傍山の御陰(みほと)にあり(奈良県橿原市)。
4代懿徳天皇
大倭日子鉏友命(おほやまとひこすきとものみこと)、軽の境岡宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。四十五歳(よそぢまりいつとせ)で没。御陵は畝傍山の真名子(まなご)谷の上にあり(奈良県橿原市)。
5代孝昭天皇
御眞津日子訶惠志泥命(みまつひこかゑしねのみこと)、葛城の掖上宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。九十三歳(ここのそぢまりみとせ)で没。御陵は掖上(わきがみ)の博多(はかた)山の上にあり(奈良県南葛城郡)。
6代孝安天皇
大倭帯日子國押人命(おほやまとたらしひこくにおしびとのみこと)、葛城の室の秋津島に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県南葛城郡)。一百二十三歳(ももあまりはたちまりみとせ)で没。御陵は玉手(たまで)の岡の上にあり(奈良県南葛城郡)。
7代孝霊天皇
大倭根子日子賦斗邇命(おほやまとねこひこふとこのみこと)、黒田の庵戸宮(廬戸宮)(いほとのみや)に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県磯城郡)。一百六歳(ももあまりむとせ)で没。御陵は片岡の馬坂の上にあり(奈良県北葛城郡)。
8代孝元天皇
大倭根子日子國玖琉命(おほやまとねこひこくにくるのもこと)、軽の境原宮に坐してまして、天の下治(し)らしめしき(奈良県高市郡)。五十七歳(いそぢまりななとせ)で没。御陵は剣池の中の岡の上にあり(奈良県高市郡)。
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— posted by サイト管理者 at 05:25 pm
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擬人化されたキャラクター
Sat 13 Dec’08
ブタ(豚、学名 Sus scrofa domesticus、英名 pig)とは、哺乳網ウシ目(偶蹄目)イノシシ科の動物で、イノシシ(Sus scrofa)を家畜化したものである。ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギといった家畜は原種が絶滅、またはかなり減少してしまっているが、ブタは、原種であるイノシシが絶滅せず生息数も多いまま現存しているという点が特徴的である。免疫力が強く、抵抗性だけでなく環境への適応性にも富んでいるため飼育は容易。豚肉や脂肪を食用とするために世界中で飼育されている。家畜としてブタを飼育することを養豚といい、仕事としての養豚を養豚業、また養豚業に従事する人々のことを養豚業者という。
民話、西遊記等の古典小説、寓話・童話、アニメーション等に、擬人化されたキャラクターとしてよく登場する。
目次 [非表示]
1 家畜としてのブタ
1.1 中東
1.2 ヨーロッパ
1.3 アジア
1.4 日本
2 品種
3 先祖返り
4 ブランド豚
5 ミニブタ
5.1 ミニブタの餌
5.2 ポットベリーのペットとしての歴史
5.3 ミニブタの所轄官庁
6 ブタの付く諺・慣用句
7 豚を主人公にした物語
8 備考
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
[編集] 家畜としてのブタ
[編集] 中東
イノシシの家畜化は8,000年以上前からユーラシア大陸の東西で行われ、各地で独立に家畜の豚が誕生したと考えられている。今はイスラム圏となった古代オリエントや古代エジプトでも豚を食用としていた。古代エジプトでは豚を飼う民は賎民とされていたことが、エジプトを脱出した古代イスラエル人と、その宗教を受け継いだユダヤ人のユダヤ教カシュルート、およびユダヤ教の影響を受けて誕生したイスラム教において、豚は不浄とされ、豚肉の肉食が食のタブーとなった原因とする説がある。
[編集] ヨーロッパ
古代ローマ人も豚を食べなかったわけではないが、豚の飼育が発達したのは北方森林地帯のゲルマン人やケルト人の食文化においてだった。日照時間が短く寒冷で、しかも土壌のやせたヨーロッパでは、穀物の生産性が低いため、秋になるとナラ(オーク)の森に豚を放してドングリを食べさせて太らせ、それを殺して食塩と硝石で処理して主要な保存食にしたのである。後にアメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシがもたらされると、土地あたりの収穫量が多いそれらが飼料として利用されることになる。ドイツやスペイン、イタリアなどのハムやベーコン
参考にしています。
民話、西遊記等の古典小説、寓話・童話、アニメーション等に、擬人化されたキャラクターとしてよく登場する。
目次 [非表示]
1 家畜としてのブタ
1.1 中東
1.2 ヨーロッパ
1.3 アジア
1.4 日本
2 品種
3 先祖返り
4 ブランド豚
5 ミニブタ
5.1 ミニブタの餌
5.2 ポットベリーのペットとしての歴史
5.3 ミニブタの所轄官庁
6 ブタの付く諺・慣用句
7 豚を主人公にした物語
8 備考
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
[編集] 家畜としてのブタ
[編集] 中東
イノシシの家畜化は8,000年以上前からユーラシア大陸の東西で行われ、各地で独立に家畜の豚が誕生したと考えられている。今はイスラム圏となった古代オリエントや古代エジプトでも豚を食用としていた。古代エジプトでは豚を飼う民は賎民とされていたことが、エジプトを脱出した古代イスラエル人と、その宗教を受け継いだユダヤ人のユダヤ教カシュルート、およびユダヤ教の影響を受けて誕生したイスラム教において、豚は不浄とされ、豚肉の肉食が食のタブーとなった原因とする説がある。
[編集] ヨーロッパ
古代ローマ人も豚を食べなかったわけではないが、豚の飼育が発達したのは北方森林地帯のゲルマン人やケルト人の食文化においてだった。日照時間が短く寒冷で、しかも土壌のやせたヨーロッパでは、穀物の生産性が低いため、秋になるとナラ(オーク)の森に豚を放してドングリを食べさせて太らせ、それを殺して食塩と硝石で処理して主要な保存食にしたのである。後にアメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシがもたらされると、土地あたりの収穫量が多いそれらが飼料として利用されることになる。ドイツやスペイン、イタリアなどのハムやベーコン
参考にしています。
— posted by サイト管理者 at 12:06 pm
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